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松下幸之助
「電気への憧れ」
松下幸之助は1894年 和歌山の名家、松下家に生を受けます。
しかし、9才の時父親が米相場で失敗したため、裕福な生活から一気に転落。
小学校を中退し、不幸にも大阪の商家へ丁稚奉公に行くことになります。
しかし、ここでの貴重な経験が、後の経営者「松下幸之助」の基礎を作りました。
15歳の時、新しく変わっていくネオン輝く大阪の町並みを見て
電気の時代の到来を感じ、大阪電灯(現・関西電力)へ入社。
配線工として優秀な業績を収ますが、7年間勤めた後、独立・起業を決心して退社します。
1918年 23歳で「松下電気器具製作所」を創立。
妻とその弟の井植歳男(後のSANYOの創始者)と3人で
改良ソケットの研究開発を開始。
幸之助が研究開発した「改良ソケット」とは具体的にどのうようなものなのでしょうか?
当時の日本では、家の中のコンセントは天井からぶら下がっている電灯用のプラグ一つだけで
電気の使用目的は電灯に明かりを灯すことだけでした。
次第に、電気を使う初期的な製品が登場して来るのですが
コンセントがないのでそれらを使用できないわけです。
そこで、幸之助は電灯用のプラグから他の電化製品用の
電気も取ることのできる配線器具を開発しました。
「改良ソケット」は新しい電気の時代の到来の波に乗って爆発的ヒットとなります。 |
松下電器・ 松下幸之助物語
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| 人は何度やりそこなっても「もういっぺん」の勇気を失わなければ必ずものになる |
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成功した人は、普通の人ならその困難に打ち負かされるところを、
反対に喜び勇んで体当たりしている |
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逆境もよし。順境もよし。要はその与えられた境遇を
素直に生き抜くことが大切である |
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信念を持ち、自分の道を力強く歩めば、成功をおさめても有頂天にならず、
失敗しても失望しない |
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お金に不自由しているときは使うにしても真剣である
だからお金の値打ちがそのまま光る |
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万策尽きたと思うな、自ら断崖絶壁の淵にたて
その時はじめて新たなる風は必ず吹く |
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「どこかまだ足りないところがある」「まだまだ道があるはずだ」
と考え続ける人の日々は輝いている |
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