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極地へのあこがれ
19世紀に入り、一通り大きな大陸の発見が終わると、人類は地球上で一番高いところに
未知の憧れを抱くようになります。それは計測上地球のてっぺんである、北極と南極
そして、最も高い山であるエベレストです。人類には到達不可能とされていた時代に、
これら3大極地に夢を見た探検家たちの物語です。
■アムンゼン ■マロリー ■ヒラリー ■ペアリー
アムンゼン (1872年〜 1928年)
日本でも有名で、もっとも人気のある探検家の一人。
1927年には来日して大歓迎を受けています。
北極に近いノルウェーで生まれたロアルト=アムンゼンは、小さいころから極地にあこがれ、
本で偉大な極地探検家や科学について学び、スキーで体を鍛えました。
子供のころ、冬でも部屋の窓を明けて寝ていたという逸話も残されています。
それほど探検家にあこがれていたアムンゼンですが、
親からは猛反対され、医学の道へ進むこととなります。
しかし、夢をあきらめきれなかったアムンゼンは、大学をやめ
一等航海士の勉強をして、船長になります。
そして、探検家でもある学者のナンセン博士(後にノーベル平和賞受賞)
の元で、北極の気候や自然を学びます。
徐々に仲間とともに北極の航路を切り開いていったアムンゼンは
1910年ナンセン博士のフラム号で北極点を目指します。
しかし、途中、ペアリーが人類初北極点到達の知らせを受けると
急遽、いまだ前人未到の南極点に進路を変えます。
そのころ、南極点ではイギリスのスコット隊と日本の白瀬隊が一番乗りを争っていました。
1912年12月14日、犬ぞりを使った作戦が功を奏して
アムンゼンの隊が人類最初の南極点到達を成し遂げるのですが、
アムンゼンに遅れて到達したスコット隊が、ブリザードに襲われ全滅するという
悲劇が訪れました。
アムンゼンはそれからも活躍を続け、1926年に友人のノビレとともに
人類初の北極横断飛行に成功。
しかし、1928年北極海で遭難したノビレの救助に行ったまま、
再び帰ってくることはありませんでした。
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10年間の準備 5分間の運命 |
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